当記事では、スタジオポノック短編映画『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』について語ります。
スタジオジブリのアニメーター出身の3人の監督が、20分弱の短編を作りました。
いずれも見どころ十分で、スタジオポノックの今後が楽しみになる作品です。
当記事を読んでいただき、『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』がさらに好きになって貰えたら嬉しいです。
当記事はネタバレを含みます。
- スタジオジブリから徒歩圏内の小金井市在住のジブリオタク
- 好きな場所は三鷹の森ジブリ美術館
- 最も好きな作品は「風の谷のナウシカ」
『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』の基本情報
『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』の基本情報は以下のとおりです。
作品名 | ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間― |
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公開日 | 2018年8月24日 |
制作会社 | スタジオポノック |
監督 | 米林宏昌(カニーニとカニーノ) 百瀬義行(サムライエッグ) 山下明彦(透明人間) |
製作総指揮 | 西村義明 |
主題歌 | 木村カエラ「ちいさな英雄」 |
3名のジブリ出身の監督による短編集で、主題歌は木村カエラさんが歌っています。
以下、それぞれの作品について順番に紹介します。
『カニーニとカニーノ』の感想・解説
トップを飾る『カニーニとカニーノ』は米林宏昌監督による作品です。
作品名 | カニーニとカニーノ |
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監督 | 米林宏昌 |
上映時間 | 19分 |
主なキャスト | 木村文乃(カニーニ) 鈴木梨央(カニーノ) |
音楽 | 村松崇継 |
米林監督といえばスタジオジブリでも『借りぐらしのアリエッティ』や『思い出のマーニー』を監督しています。
『カニーニとカニーノ』もアリエッティを連想させる世界観で、美しい作品に仕上がっています。
あらすじ:擬人化したサワガニの物語
物語の主人公はサワガニの兄弟・カニーニとカニーノです。
自然豊かな渓流の底で小魚を取りながら平和に暮らしていました。
とある嵐の晩、激流に流されそうなカニーノを助けたことで、父が代わりに流されてしまいます。
母も出産のためにすみかを離れており、二人きりのカニーニとカニーノは父を探す冒険に出発します。
時には陸にあがり、危険を冒しながら父を探すカニーニとカニーノ。
無事に父を発見しますが、そこにはサワガニを食べる大型の魚が暮らしていました。
魚に食べられそうになるカニーニとカニーノですが、間一髪でサギが魚を食べてしまったことで、何とか助かります。
赤ん坊を抱えて母も戻り、無事に家族は集まることができました。
そしてカニーニとカニーノは成長し、すみかを旅立っていくのです。
解説:新たな水表現の挑戦作
『カニーニとカニーノ』の美術・作画の美しさには多くの方が感動したでしょう。
この作品はおそらく、米林監督が新しい水の表現に挑んでいる作品です。
カニーニとカニーノの冒険の中で、数々の水の動きが描かれているのです。
- まるで実写のような透き通った川
- 川の中に差す太陽光
- 泡で表現される水流の動き
- 水中から見た水面の様子
- 川に飛び込む水しぶき
- 水底を舞う砂ぼこり
- まだ浮遊物が漂う嵐の後の川底
- 水の中で流れる涙
「アニメーションで水を描くのは難しい」とはしばしば言われることですが、米林監督は川の表現に真っ向から挑んでいます。
宮崎駿監督も『未来少年コナン』や『崖の上のポニョ』で水のアニメーションに挑んでおり、数々の表現を生み出してきました。ジブリ美術館の短編アニメーション『みずぐもんもん』では川の表現にも取り組んでいます。
『カニーニとカニーノ』は米林監督が水と徹底的に向き合っています。宮崎駿監督とは異なった手法で、リアルに、時には大袈裟でダイナミックに水の動きを描いているのです。
そう考えると、一見無駄にも見えた陸に上がったシーンにも意味を感じられます。
- 水面に顔を出した瞬間の動き
- 陸上から見た川の様子
- 雨の様子
- 水に飛び込むシーン
動物にも出くわす危険な陸上シーンは、水を丁寧に描くためには必須のシーンだったのです。
水中で涙を流すシーンは見たことがない描写でした。このシーンを描くためにも、擬人化も必要だったわけですね。
ストーリー自体はシンプルですが、サワガニの生態はしっかりと反映されています。
- サワガニは陸に上がって産卵する(だから母は不在)
- 子カニは生まれてしばらくすると親元を離れ自立する(ラストシーン)
CGで描かれた大型の魚は恐怖すら感じますが、子どもが「弱肉強食」や「食物連鎖」を実感する良い教材ではないでしょうか。
感想:美術・作画を楽しむアート作品
「美しいがストーリーは平凡」これが『カニーニとカニーノ』を見た第一印象でした。
ただ、水中で涙するシーンを目にした時に、「これは米林監督が水表現を追求したアート作品なのだ」と気が付きました。
その視点で見直してみると、あらゆる角度から水を描いていることが分かりました。
「平凡」と評価してしまった第一印象が、「これはすごい…!」という感想に変わりました。
セリフがほとんど無いというのも、絵に集中してもらうためのひとつの工夫なのかもしれません。
『カニーニとカニーノ』で登場するサワガニは、『借りぐらしのアリエッティ』の小人のようで魅力的でした。
二人だけになってしまったカニーニとカニーノを陰から見守るサワガニが、擬人化されていないのも面白かったですね(距離を置いて傍観するだけの無関係なカニ、とうことを表していたのかもしれません)
ストーリー自体に目新しさはありませんが、米林監督の水表現は必見です。
あるようで無かった川を徹底的に描いた作品、大好きな短編アニメーションになりました。
『サムライエッグ』の感想・解説
『サムライエッグ』は百瀬義行監督作品です。
作品名 | サムライエッグ |
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監督 | 百瀬義行 |
上映時間 | 17分 |
主なキャスト | 篠原湊大(シュン) 尾野真千子(ママ) 坂口健太郎(パパ) |
音楽 | 島田昌典 |
百瀬監督はスタジオジブリでは『ギブリーズ episode2』、スタジオポノックでは後に『屋根裏のラジャー』等を手掛けています。
あらすじ:卵アレルギーの少年の物語
主人公は8歳の男の子・シュンです。
シュンは生まれつき重度の卵アレルギーを持っており、卵が入った食べ物を食べるとアナフィラキシーショックを起こす危険があります。
運動神経抜群な野球少年で明るい性格のシュンですが、その日常生活は、卵を避けるために常に注意が必要です。
給食や誕生日のケーキも食べられません。
シュンが卵アレルギーと向き合い、卵アレルギーを克服すると決意するまでを描く物語が『サムライエッグ』です。
解説:丁寧な心理描写と絵本風タッチの作画
優しい絵本風タッチの作画で描く物語は、極めてリアルで重いテーマでした。
明るい登場人物と優しい作画で、常に前向きで明るい雰囲気が漂う作品に仕上げたのは見事です。
わずか17分という物語の中で、無駄なくアレルギーと向き合う苦悩が描かれています。
- 息子がアレルギーと知った時の母のショック
- アレルギーは命にかかわるという恐ろしさ
- アレルギーが日常生活に与える影響
目をそむけたくなる現実が、過去の回想と現在の描写をうまく混ぜながら伝えてくれるのです。
特に終盤のアイスクリームを食べるシーンは必見です。
まずこのシーンに至るまでに、いくつかの伏線が張られています。
- クッキーを手に取ったシュンに「死にたいんか!」と叱る母
→卵を口にする危険性を、観客に強く印象付ける - 少年野球の帰り道にハトが死んでいる様子を目撃
→シュンが「死」をイメージした伏線
こうした伏線を経て、シュンは家でひとり、アイスクリームを手に取ります。
アイスクリームが良い具合に溶けるのを待っていたのでしょうか。
硬いアイスにスプーンを突き刺したシュンは、そそくさと着替え始めます。
このとき百瀬監督は、ゆっくりとスプーンが傾いていく様子を25秒以上かけて描いています。
17分という短編の中で、ここまでじっくりスプーンが傾く様子を描くのはかなりのこだわりを感じます。
アレルギーの恐ろしさを丁寧に描いてきたため、「留守番中のアイス」という描写だけでとてつもない緊張感が漂っていました。
時間をじっくりかけるからこそ、観客も次第に緊張感が高まっていくのですね。
アイスを一口食べてしまった後のダイナミックな描写とスピード感も圧巻でした。
ラストは天敵にタマゴに侍のイラストを描いて、タイトル回収。
エンディングではシュンが林間学校を楽しむ様子も描かれ、本当に無駄のない作品です。
感想:道徳の授業で使ってほしい名作
見ていて苦しいが、最後は前向きな気持ちになれる名作でした。
私自身、シュンと同じくらいの子どもがいますので、心が押し潰されそうな心境で見ていました。
たった17分の中で感情を揺さぶられ、「百瀬義行監督すごい!」の一言です。
百瀬監督作品『二の国』はキャラクターに感情移入できなかったので、『二の国』を先に見ていた私はこのギャップにも驚かされました…笑
アレルギーについては一定の知識を持っているつもりでしたが、思っていた以上に深刻なのだと実感させられました。
給食の配膳の時間は教室の外で待っている描写もありましたが、こういった配慮が必要なことも恥ずかしながら知りませんでした。
恐怖と緊張感、そして最後は前向きな気持ちと、バランスが見事な物語です。
尾野真千子さん演じるお母さんのサバサバした関西弁も、いい意味でストーリーを軽くしてくれていましたね。
小学生の道徳の時間などでぜひ扱ってほしいと感じる名作です。
『透明人間』の感想・解説
『透明人間』は山下明彦監督作品です。
作品名 | 透明人間 |
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監督 | 山下明彦 |
上映時間 | 18分 |
主なキャスト | オダギリジョー(透明人間) 田中泯(盲目の男性) |
音楽 | 中田ヤスタカ |
山下監督にとって初の劇場版監督作品となったわけですが、個人的には『小さな英雄』の中で一番好きな作品です。
あらすじ:透明人間が繰り広げるせつない物語
主人公の透明人間はスーツを身にまとい人間社会で暮らすサラリーマンです。
姿は透明で体も軽く、ダンベルや消火器にしがみついていないと体は宙に浮いてしまいます。
自動車営業の仕事についてはいるものの、同僚からは存在も認識されません。
コンビニでの買い物も一苦労。自動ドアには検知されず、レジの女性にも気づいてもらえませんでした。
自分の境遇に落ち込み、雨の中でしゃがみ込む透明人間に、盲導犬を連れた男性が声をかけます。
存在を認められ、「このままじっとしてるのかい」と語りかけられた透明人間は何かに気が付き、スクーターで駆けだします。
トラックにひかれかけた赤ん坊を見事に救うのです。
前向きな気持ちになった透明人間は消火器を手放し、そして存在感も増していくのでした。
解説:存在感がなく、いつも浮ついている男
『透明人間』は山下明彦監督がその設定を全力で遊んでいる様子が感じられました。
- ヘルメットや眼鏡、衣服で示す透明人間
- 重いものにつかまっていないと浮いてしまう
- 雨で透明人間の輪郭を見せる
- 透明人間がパンを食べる様子
衣類や眼鏡で透明人間を表現するのはベタではありますが、雨の描写や浮いてしまう設定など、山下監督ならではの透明人間は見ていて楽しめます。
この透明人間は、大袈裟に描かれているメタファーです。
その正体は存在感が無い冴えないサラリーマンと言えるでしょう。
自動ドアに反応されなかったり、レジのおばちゃんが体をすり抜けたりと大袈裟な描写は多々ありますが、透明人間の正体はただの人間です。
エンディングの後に描かれる「元」透明人間の後ろ姿がその根拠です。
絶妙に分かりづらく描かれていますが、最後のカットでは消火器を手放し、透明でもなくなります(最後の一瞬、透明の場所がなくなり髪の毛が描かれているのがわかります)
老人や赤ん坊との触れ合いで透明人間は、自信を取り戻し、前向きに生きていく様を示しているのです。
裏を返せば透明人間とは、自信が無く、何かにしがみついていないと生きていられない存在感も無い人物ということになります。
どこにでもいそうな冴えない男を透明人間として表現し、全力で遊んだ作品が『透明人間』なのです。
感想:見どころしかない18分(一番面白い)
スタジオジブリ出身の山下監督ですが、良い意味でジブリらしくない雰囲気の漂う作品でした。
画面全体の雰囲気は重く暗く、主人公も成人男性です。
ただ透明というだけでなく、「軽い」という設定も加えたのは素晴らしかったですね。
空を転げまわるダイナミックなシーンとなり、見ていてワクワクしました。
透明人間の正体は冴えないサラリーマンというわけですが、その存在を認識できるのが盲目の男性と赤ん坊というのは良いですね。
余計な先入観が無いからこそ、透明人間と自然に向き合うことができるのでしょう。
ラストでさりげなく透明ではない姿を見せるのもオシャレでした。
個人的には『小さな英雄』の中では一番面白いと感じた作品です。
ぜひ山下明彦監督の長編作品を見てみたいと思わされました。
『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』の総括
個人的には「ハズレ無し!」と自信を持って言える3作品でした。
ただ世間の評価はイマイチと呼ぶ声も少なくないようですね。
そもそも短編映画というジャンルが珍しいため、「映画館で1,000円以上払ってみる作品じゃない」と感じてしまった人がいても不思議ではありません。
長編映画に比べると、「映画を見た!」という後味はどうしても劣りますしね。
ただ繰り返しですが、個人的には『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』は素晴らしい作品です。
「つまらない」という声の多い『カニーニとカニーノ』は、どちらかと言うと複数回見て良さを感じてくる作品だとも思います。
気軽に見やすいというのが短編の良いところですし、スタジオポノック作品はジブリと違ってネット配信もあります(定期的にプライムビデオやNetFlix等で配信されます)
ぜひ、何度も見て『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』の良さを感じて欲しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。