当記事では『君たちはどう生きるか』で主人公・眞人が自分の頭を傷つけたシーンについて考察します。
静かな展開からの、突然の流血シーンにゾッとした方は多いのではないでしょうか。
頭の傷は物語においても重要なキーワードとなっています。
当記事が『君たちはどう生きるか』の理解を深める参考になれば嬉しいです。
以下の記事では、『君たちはどう生きるか』のストーリーを徹底解説しています。
なかなかボリュームの多い記事ですが、この記事で『君たちはどう生きるか』の理解が深まれば嬉しいです。
当記事はネタバレを含みますのでご注意ください。
- スタジオジブリから徒歩圏内の小金井市在住のジブリオタク
- 好きな場所は三鷹の森ジブリ美術館
- 最も好きな作品は「風の谷のナウシカ」
頭の傷をつける前の眞人の様子を整理
主人公の眞人は物語の冒頭で母親・ヒサコを火事で亡くします。
眞人は冒頭はほとんどセリフが与えられていませんが、その行動や描写から眞人の心情を整理してみます。
父の再婚相手・夏子に心を許していない
母を亡くした眞人は田舎に疎開することになりますが、そこで父の再婚相手で新しい母でもある夏子に出会います。
明るく話しかける夏子に対して、眞人の態度はそっけないものでした。
この時の眞人の心情は、以下のように解釈できます。
- 眞人は母が亡くなったショックから立ち直れていない
- 母が亡くなって間もなく再婚し、既に子どもも身ごもっている夏子と父への嫌悪感
- 母の代わりなどいないという、寂しさ
眞人は反抗するわけではなく、無視をするわけでもありません。
それでも笑顔が一切ない無表情の眞人には、つねに寂しさ・虚しさが感じられる描写となっています。
眞人は母を亡くしたショックから立ち直れず、ふさぎ込んでしまっているのです。
裕福な立場にコンプレックスを感じている
眞人の家庭は非常に裕福で、疎開でやってきた屋敷も広大でした。
眞人の父・勝一は飛行機部品を扱う敏腕経営者で、戦争により家庭は潤っていたのです。
しかし眞人は、この裕福な立場を心地よく思ってはいないようでした。
実は眞人のモデルは、少年時代の宮崎駿監督自身です。
宮崎家も航空機製作所の経営で潤っていましたが、宮崎駿監督自身は「戦争で儲けていた」ことに嫌悪感を感じていたことを過去のインタビューで度々語っています。
こうした眞人の気持ちも知らず、父・勝一は明るく戦争の様子や工場が大忙しであることについて語ります。
さらにはその裕福な様子を見せつけるように、車で学校に送るとまで言うのです。
眞人の父(勝一)「眞人、学校までダットサンで送るぞ!車で乗り付ける転校生なんてみんなびっくりするぞ!」
これに対して当然眞人は喜ぶことなどなく、無表情を貫きます。
絵コンテにはこの時の心情について「マヒト行きたくない。父の話も気に入らない」と記載されています。
それでも結局眞人は逆らうことなく車で学校にいき、不本意に目立ってしまうことになります。
父にも本音でぶつかれていない、亭主関白な家庭の様子が読み取れる場面です。
礼儀正しくしつけられたが、態度が変わりつつある
おそらく眞人は、とても礼儀正しく真面目に育てられてきています。
そんな眞人の様子が、物語の序盤で少しずつ変わっていくのです。
礼儀正しさが感じられる眞人の描写
- 母の病院が火事だと聞いても、一旦着替えてから家を飛び出す
- 夏子やばあや等、深々とおじぎをして挨拶する
ショックな状況でもこうした行動ができるのは、礼儀正しさが染み付いているからだと言えます。
一方でこうした眞人が、少しずつ変化していくのです。
眞人の変化
- 自分を探しているばあや達を無視して、塔の奥に進もうとする
- 勤労奉仕をサボって学校を早退する
- (頭を傷つけた後の食事で)「おいしくない」と悪態をつく
少しずつ周囲への配慮が薄れ、自分本位な行動が目立つようになっています。
母の死にうなされる描写も描かれていましたが、眞人の行動は異変が生まれていたのです。
眞人が頭の傷をつけた理由を考察
ここからは眞人が頭の傷をつけた理由について考察します。
ネット等でしばしば見られる通説に加えて、当サイトの考察も紹介します。
【通説①】学校の子ども達に復讐したかった?
直前に学校の子ども達とのケンカのシーンが描かれたため、頭の傷は「復讐だ」と考える説です。
- 眞人が大けがをすれば、屋敷は大騒ぎになる
- 父は怒り、学校に乗り込むだろう
- 父の力があれば、学校も子ども達も黙らせることができる
こうした思考から、眞人が頭を傷つけたと考える考察です。
嘘の傷をつけて復讐しようとする心情は、物語のキーワードでもある「悪意」とも一致します。
【通説②】父や周囲の注意を引き付けたかった?
寂しさの限界から、父や夏子、ばあや達の注意を引きつけたかったという説です。
- 母を亡くしたショックから立ち直れず、寂しい
- 父と夏子は子どもを授かっており、自分に興味は無いのではないか
- 学校でトラブルを起こしたり、怪我をすれば自分に興味が向くのではないか
学校での愛想の悪い様子や、学校をサボっている様子はトラブルを自ら望んでいるようにも見えました。
実際にケンカに発展したものの、大した怪我をしなかったため、自分で傷をつけて大ごとにしたのです。
「悪意」と呼ぶには少々弱い気もしますが、周囲の気持ちを顧みない行動は、「悪意」があったということもできるでしょう。
【当サイト考察】衝動的な自傷行為
「復讐説」や「かまってほしかった説」もそれなりに説得力はあるものの、少し違和感がありました。
自分の頭を殴った眞人は、そこまで何かを考えているように見えなかったのです。
石を拾って頭に叩きつける様子は流れ作業のようにスムーズで、表情も変わりません。
もし深い意味があるのなら、宮崎駿監督ならば表情の変化や少なくとも思い悩む「間」を用意したはずです。
何かを意図して傷をつけたのではなく、思わずやってしまった衝動的な自傷行為に見えました。
現代でいうと、メンタルの限界を超えて電車に飛び込んでしまう様子や、リストカット等に近いでしょうか。
以下は厚生労働省のサイトに掲載されている自傷行為の説明ですが、まさに眞人の状況と一致します。
自傷行為について
・怒り、空虚感、寂しさ、劣等感などの感情が抑えられず、自分を傷つける。
厚生労働省サイトより一部引用
(中略)
・自尊心が低く、自己否定的なことが多い。
寂しさの限界を超えた眞人は、衝動的な自傷行為に走ってしまったのではないでしょうか。
本来真面目な眞人が学校をサボる様子や、ケンカを起こす様子も、メンタルが限界を迎えているサインとして読み取ることができます。
「転んだだけさ」という不自然な言い訳も、衝動的な行動と考えると辻褄はあいます。
ではこの衝動的な傷が、なぜ「悪意のしるし」に繋がるのでしょうか。続けて解説します。
眞人が頭の傷を「悪意のしるし」と呼んだ理由
眞人の頭の傷が衝動的な行為だとするなら、傷をつけた行為自体に「悪意」は存在しません。
ただ眞人は、傷をつけた後の一連の行動に対して「悪意」を感じたのではないでしょうか。
- 皆が「誰かにやられた」と思い込む中、正直に自傷行為と言えなかった
- 父が学校に乗り込んでいくことを黙認した
- 必死に看病するばあや達にも何も言えなかった
- 真剣に心配し、悩み涙する夏子にも何も言わなかった
大騒ぎになり、皆が自分に注目している状態に心地よさすら感じたのかもしれません。
夏子が思い悩む様子も、「いい気味」くらいに思った可能性もあります。
これこそが、眞人の自覚した「悪意」ではないでしょうか。
正確には眞人は母が遺した吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』を読んだことで、この悪意を自覚し、反省したのでしょう。
『君たちはどう生きるか』を読んで悪意を自覚した眞人は、その後物語後半で別人のように前向きに行動するようになるのです。
『君たちはどう生きるか』の記事執筆における参考書籍
まつぼくらぶでは『君たちはどう生きるか』の記事を執筆するにあたり、主に以下の書籍を参考にしています。
- スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか(徳間書店)
- ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか(徳間書店)
- 君たちはどう生きるか 映画 ガイドブック(東宝)
- スタジオジブリ物語(集英社新書)
- SWITCH Vol.41 No.9 特集 ジブリをめぐる冒険(SWITCH PUBLISHING)
- 失われたものたちの本(創元推理文庫)
- スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか
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『君たちはどう生きるか』の設計図とも言える絵コンテです。
さりげない宮崎駿監督の補足書きが、考察の重要なヒントとなります。
ポチップ - ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか
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イメージボードやアフレコ台本等、制作時の資料が多数掲載されています。
スタッフのインタビューも掲載されています。
ポチップ - 君たちはどう生きるか 映画 ガイドブック
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キャストのインタビューが豊富に掲載されている貴重な資料です。
※定価(税込1,320円)で購入するならジブリ美術館オンラインショップがおすすめです。
ポチップ - スタジオジブリ物語(集英社新書)
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鈴木敏夫プロデューサーがスタジオジブリ誕生から『君たちはどう生きるか』の制作までを振り返ります。
『君たちはどう生きるか』公開前に『君たちはどう生きるか』について触れられた貴重な1冊です。
ポチップ - SWITCH 9 SEP.2023 VOL.41 NO9(SWITCH PUBLISHING)
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鈴木敏夫プロデューサーやキャスト、スタッフが『君たちはどう生きるか』を語っています。
公開された情報が少ない『君たちはどう生きるか』にとって貴重なインタビューが掲載されています。
ポチップ - 失われたものたちの本(創元推理文庫)
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『君たちはどう生きるか』の原作ともいえるファンタジー小説です。
ストーリーの骨子に共通点が多く、『君たちはどう生きるか』を読み取るうえでも参考になります。
なお、明確には「原作にはしていない」と語られており、クレジットはされていません。
ポチップ
なお、作品の画像はスタジオジブリ公式サイトから無償提供されている場面写真を使用しております。