当記事では宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』の大きな謎、異世界(下の世界)について考察します。
宮崎駿監督自身は『君たちはどう生きるか』についてはほぼ何も語っていません。
情報が少ない中ですが、公開された資料などから徹底考察します。
以下の記事では、『君たちはどう生きるか』のストーリーを徹底解説しています。
なかなかボリュームの多い記事ですが、この記事で『君たちはどう生きるか』の理解が深まれば嬉しいです。
当記事はネタバレを含みますのでご注意ください。
- スタジオジブリから徒歩圏内の小金井市在住のジブリオタク
- 好きな場所は三鷹の森ジブリ美術館
- 最も好きな作品は「風の谷のナウシカ」
『君たちはどう生きるか』本編から分かる「異世界」
まずは『君たちはどう生きるか』本編から得られる異世界の情報を整理してみます。
- 異世界は「下の世界」である
- 謎の巨石(墓所)の奥には触れてはならない主がいる
- 異世界には死んでいる者の方が多い
- ワラワラは天に昇り上の世界で人間として生まれる
- ペリカンはワラワラを食べて生き延びている
- ペリカンは異世界から出ることができない
- ペリカンやインコは大叔父が連れて来た
- 異世界の入口である謎の塔は、空から降ってきた
- 謎の塔はいろいろな世界にまたがって建っている
- 大叔父は石の力を借りて異世界を創っていた
- 異世界の中心はインコであり、「帝国」を築いていた
- 時の回廊の扉から、それぞれの時代に帰ることができる
ザっとではありますが、映画の中ではこのような情報が明かされています。
異世界とは何なのか、正直よく分からないですね。
以下では、この異世界の正体について4つの視点で考察してみます。
- 異世界の正体は地獄
- 異世界はスタジオジブリの暗喩
- 異世界は大叔父の現実逃避
- 異世界は窮屈な鳥かご
それぞれ順番に解説しますので、ぜひ最後までご覧ください。
【考察①】異世界の正体は地獄
大叔父たちの居る異世界は、地獄であると考えられます。
「死んでいる者の方が多い」「ワラワラは上の世界で人間として生まれる」等のキリコのセリフからも、「あの世である」と考えた方は多いでしょう。
実は作品の描写の中にも、「あの世」「地獄」の根拠といえる描写が散りばめられています。
ベックリンの「死の島」
眞人が異世界について最初に目にする「海に囲まれた世界」には、モデルが存在します。
スイス出身の画家、アルノルト・ベックリンの代表作『死の島』です。
- 悲観主義、死のイメージを連想させる作品
- ナチスのヒトラーが気に入っていたことでも有名
- 暗い水辺に岩の孤島、暗い糸杉の木立が特徴
異世界の風景は、この『死の島』にそっくりなのです。
絵コンテには明確に「ベックリンの死の島の糸杉のように」と風景について指定しています。
『ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか』の吉田昇さん(背景)のインタビューの中でも、「ベックリン」という言葉が記載されていました。
宮崎駿監督のイメージする異世界(死後の世界)と、ベックリンのイメージがぴったりだったのでしょう。
『死の島』のイメージからも、異世界が「死」を連想していることは明らかです。
実は『風立ちぬ』の中でも、『死の島』の絵画が登場します。
二郎が滞在したドイツのホテルの壁に、『死の島』が飾られているのです。
ダンテの神曲の「地獄門」
異世界には黄金に輝く、不思議な門が登場しました。
この門について考えることで、あの異世界は「地獄である」と断言できます。
この不思議な門は、13-14世紀イタリアの詩人・ダンテの叙事詩『神曲』の影響を受けていると考えられます。
『神曲』地獄篇第3歌には、地獄への入口の門が登場します。
以下はその門に記された碑文の和訳です。
我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり義は尊きわが造り主を動かし、
聖なる威力、比類なき智慧、
第一の愛、我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに
神曲 山川 丙三郎 (翻訳) (岩波文庫)より引用
造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
門自身が「我」と一人称であることが特徴で、「一切の望みを捨てよ」と深い絶望を与える記述となっています。
『君たちはどう生きるか』に出てくる黄金の門にも、「ワレヲ学ブ者ハ死ス」と刻まれていました。
「ワレ」という一人称や、「死ス」という絶望的な記述は、まさに『神曲』の地獄門に共通します。
多くを語らない『君たちはどう生きるか』ですが、この黄金の門を見せることで、ここから先は地獄であるということを暗示しているのです。
大叔父の塔の入口には「fecemi la divina podestate(聖なる威力、比類なき智慧)」と記載されています。
これもゲーテ神曲の原文の引用ですので、宮崎駿監督が『神曲』を意識していたことは間違いないでしょう。
宮崎駿監督が描いてきた死生観
そもそも宮崎駿監督は、ここ最近の作品『崖の上のポニョ』や『風立ちぬ』においても、明らかに「あの世」を描いています。
【関連記事】ポニョの「死後の世界」についてはこちらをご覧ください。
宮崎駿監督は過去のインタビューで、死を意識した発言を度々繰り返しています。
自分自身も年齢を重ね、親しい人間が何人も亡くなってしまったことで、いやでも死を意識するようになったのでしょう。
宮崎駿監督作品において、「死後の世界」は重要な概念なのです。
『君たちはどう生きるか』の異世界では、ワラワラが上の世界に昇って生まれるという描写が存在します。
このシーンを受けると、この異世界は輪廻転生がもとになっていると考えられます。
人が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わることを意味する仏教の概念
また、かつて短編映画『On Your Mark』においては、ニーチェの「永劫回帰」を取り入れていました。
人は生死を繰り返し、同じ人生を無限に繰り返すという、19世紀の哲学者ニーチェの思想
【関連記事】On Your Markの詳細についてはこちらをご覧ください。
輪廻転生と永劫回帰は生死を繰り返すという意味では似た概念ですが、実態はむしろ真逆です(全く異なる生まれ変わりと、同じ人生を繰り返すという異なる概念)
宮崎駿監督は様々な視点で、「死後の世界」と向き合い、作品として描いているのです。
【考察②】異世界はスタジオジブリの暗喩
視点を変えると、異世界はスタジオジブリの暗喩ではないかとも考えられます。
これに関しては鈴木敏夫プロデューサーも、SWITCHに掲載されたインタビューで言及しています。
鈴木 本当のところは僕なんかにはわからないですけどね。あの塔はたぶんジブリだと思うんです。
SWITCH Vol.41 No.9 特集 ジブリをめぐる冒険 より
『君たちはどう生きるか』を宮崎駿監督の自叙伝と捉えると、異世界はスタジオジブリで歩んだ人生と見ることができるのです。
- 物語前半(異世界に行くまで)
→宮崎駿監督の子ども時代を表現(父が軍需産業の経営者で裕福、母が病気がち、田舎に疎開など、宮崎駿監督の少年期と眞人の境遇が酷似) - 物語後半(異世界での冒険)
→宮崎駿監督のアニメーション人生を表現
実際に、異世界がスタジオジブリと考えられる根拠もいくつも散りばめられています。
- 高畑勲や保田道代が登場
- 数々のセルフオマージュ
- 13個の積み木は宮崎駿監督作品の歴史そのもの
高畑勲や保田道代が登場
過去のインタビューやNHKドキュメンタリー番組の中で、『君たちはどう生きるか』の登場人物のモデルが明かされています。
- 眞人のモデルは宮崎駿
- アオサギのモデルは鈴木敏夫
- 大叔父のモデルは高畑勲
- キリコのモデルは保田道代
登場人物のモデルについては以下の記事で詳細に解説していますので、ぜひ合わせてご覧ください。
宮崎駿監督といえば、自分自身や身近な人物をキャラクターに投影することが多いことで有名です。
その中でも『君たちはどう生きるか』の登場人物は、スタジオジブリの関係者がモデルとなっているのです。
NHKで放送されたドキュメンタリー番組では、宮崎駿監督の高畑勲監督への愛憎が紹介されました。
『君たちはどう生きるか』は宮崎駿監督が亡くなった高畑勲監督に再び会いに行く物語でもあるのです。
数々のセルフオマージュ
スタジオジブリの仲間たちが登場する異世界には、過去の作品たちも登場します。
過去の宮崎駿監督作品のセルフオマージュと思われる描写が散りばめられているのです。
- 『風の谷のナウシカ』の腐海に住む蟲のような生き物
- 『天空の城ラピュタ』のパズーのように外壁をよじ登る
- 『となりのトトロ』のように草木のトンネルをくぐり抜ける
- 大叔父の居場所が『紅の豚』のジーナの庭に似ている
- 眞人が弓を放つ場面は『もののけ姫』のアシタカそのもの
- 『もののけ姫』の乙事主のような老いたペリカンが登場
- ワラワラは『もののけ姫』のコダマを連想させる
- 産屋で紙に襲われる様子は『千と千尋の神隠し』の銭婆の紙人形のよう
- ヒミの操る火は『ハウルの動く城』のカルシファー
- キリコが捕まえる魚は『崖の上のポニョ』の古代魚のよう
- 『風立ちぬ』で二郎が購入したシベリア
偶然で片づけるには、数が多すぎますよね。
そもそも過去作品ではセルフオマージュはほぼ無かった宮崎駿監督ですので、これは何らかの意図を感じられます。
セルフオマージュを散りばめることで、異世界はスタジオジブリの歴史だということを暗に示しているのではないでしょうか。
13個の積み木はスタジオジブリの歴史そのもの
大叔父が眞人に託そうとした意味深な13個の積み木についても考察します。
公開直後にもファンの間で話題となりましたが、この「13」という数字が宮崎駿監督作品と重なるのです。
宮崎駿監督の劇場版監督作品
- ルパン三世 カリオストロの城(1979年)
- 風の谷のナウシカ(1984年)
- 天空の城ラピュタ(1986年)
- となりのトトロ(1988年)
- 魔女の宅急便(1989年)
- 紅の豚(1992年)
- On Your Mark(1995年)※耳をすませば同時上映
- もののけ姫(1997年)
- 千と千尋の神隠し(2001年)
- ハウルの動く城(2004年)
- 崖の上のポニョ(2008年)
- 風立ちぬ(2013年)
- 君たちはどう生きるか(2023年)
そして「3日1回積み木を積み上げるのだ」という大叔父の教えは、「3年に1度は劇場版作品を公開」というスタジオジブリの理想とも重なります。
後継者問題で崩壊していく姿というのも、残念ではありますがまさにスタジオジブリの境遇そのものです。
異世界はスタジオジブリを象徴したものと考えられないでしょうか。
かつて宮崎駿監督は『千と千尋の神隠し』でも油屋をスタジオジブリの象徴として描いています。
【考察③】異世界は大叔父の現実逃避
「頭が良く、本を読みすぎて変になってしまった」と言われるほど、大叔父は異質な存在として描かれています。
異世界は現世に馴染むことができなかった大叔父が創り上げた「現実逃避の世界」とも考えられます。
そしてその世界には大叔父が心に抱える「悪意」も潜んでいるのです。
人間嫌いの大叔父が作った理想の世界
「変になってしまった」と言われているように、大叔父はおそらく現世で孤立していました。
そして大叔父は、そのセリフから現世や人間には絶望していることも読み取れます。
大叔父「殺し合い奪い合うおろかな世界に戻るというのかね。じきに火の海となる世界だ」
このように人間に絶望している大叔父が創り上げた世界の特徴は以下のとおりです。
- ペリカンやインコを大叔父が異世界に連れて来た
- インコは人間を食べるほどに力をつけ、世界の主役となっている
- インコ達は「帝国」を築いており、王も存在する
- ペリカンは他の世界に移動することが許されず、ワラワラを食べるよう仕向けられている
人間嫌いの大叔父は、鳥たちを異世界に連れてくることで鳥たちが中心の世界を創りました。
ここで注目したいのは、ペリカンがワラワラを食べるように仕向けていることです。
ワラワラは人間として生まれる存在なので、これは意図的に人間の数を減らしていることを意味します。
「殺し合い奪い合うおろかな世界」を憎み平和な世界を望む大叔父は、その裏で人間(ワラワラ)を殺し続けているのです。
増えすぎた人間の数を抑えることで、世界のバランスを保っているのかもしれませんね。
これこそが大叔父の悪意です。
悪意に満ちた現世を憎み、理想の平和を追求した結果、自分自身も悪意に満ちている・・
これこそが大叔父の置かれている現状です。
子ども達に自然に目を向けて欲しいという理想を求め『となりのトトロ』を作った結果、子ども達が引きこもってトトロばかり見ているという宮崎駿監督のエピソードにも通じるところがありますね(笑)
大叔父「君の塔を築くのだ。悪意から自由な王国を。豊かで平和な、美しい世界をつくりたまえ」
眞人「それは木ではありません。墓と同じ石です。悪意があります。」
大叔父「その通りだ。それが判る君にこそついで欲しいのだ」
大叔父はこうした悪意を理解している眞人なら、真に平和で美しい世界が創れると考えたのかもしれません。
異世界は大叔父が現世から逃れて創った理想の世界であり、その一方で悪意を孕んでいる世界なのです。
異世界に迷い込んだ者たちの共通点
異世界が大叔父の理想の世界だとして、そこに迷い込んだ者の共通点を見てみましょう。
- 大叔父:頭が良すぎたあまり、変人として孤立
- ヒミ:母を亡くして孤独を感じていた
- 眞人:母を亡くして孤独を感じていた
- 夏子:亡くなった姉の代わりに眞人の母になったが、息子との関係に苦戦
キリコについては少々事情が複雑ですので、以下の記事で詳細に解説します。
いずれも大叔父の血筋の者であり、居場所がなくて悩んでいたことがわかります。
映画内のキリコのセリフからも、身内の人間を屋敷に招いていたことは明らかです。
キリコ「行っちゃならん!塔の主の声なんぞあたしらには聞こえねえ。お屋敷の血をひく者にしかきこえねえだ!」
大叔父は居場所のない身内を理想の世界に招き入れて、居場所を与えていたのではないでしょうか。
崩壊する異世界で、大叔父に対するヒミの態度がそれを物語っています。
ヒミ「大叔父さま!ありがとう!!」
逃げることに必死になって良い場面で、ヒミは大叔父への感謝を懸命に伝えます。
涙があふれて、その場で崩れ落ちてしまうほどの感情でした。
ただ単に異世界に迷い込んだだけでは、ヒミの気持ちはこうはならないでしょう。
現世で孤立していたヒミに居場所を与え、温かく見守ってくれたのが大叔父だったのではないでしょうか。
現世で孤立してしまった大叔父は、異世界を理想の世界に創り上げました。
時にはその異世界で、同じように孤立していた仲間を迎え入れて見守っていたのです。
【考察④】異世界は窮屈な鳥かご
異世界は鳥たちで溢れています。
そして異世界の入口である「塔」は、まるで鳥かごのようなドーム状の形をしています。
鳥かごはしばしば「窮屈」の暗喩として用いられますが、この異世界も「窮屈」の象徴なのかもしれません。
眞人「ぼくはその石には触れません。夏子母さんと自分の世界に戻ります」
眞人はこの窮屈な世界にとどまることを拒否し、自分の世界に戻ったわけです。
- 他人の手で作られた居心地の良いだけの窮屈な世界にとどまるな!
- 辛い事があっても、仲間と手をとりあい強くたくましく生きていくんだ!
という宮崎駿監督のメッセージが感じられます。
宮崎駿監督の中にも明確な答えは無いのかもしれない
ここまで異世界の正体を4つの視点で考察してきましたが、宮崎駿監督の中には明確な答えはないのではないかと感じています。
少なくともどれか1つが答えだということは決してなく、どれかが複数、もしくは全く別の意味も組み合わさって作られた世界なのではないでしょうか。
仮に、ここまでの考察がすべて正解だとすると、高畑勲に会いに行く場所が天国ではなく地獄ということになりますが、それはそれで宮崎駿監督らしいですね(笑)
『君たちはどう生きるか』の記事執筆における参考書籍
まつぼくらぶでは『君たちはどう生きるか』の記事を執筆するにあたり、主に以下の書籍を参考にしています。
- スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか(徳間書店)
- ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか(徳間書店)
- 君たちはどう生きるか 映画 ガイドブック(東宝)
- スタジオジブリ物語(集英社新書)
- SWITCH Vol.41 No.9 特集 ジブリをめぐる冒険(SWITCH PUBLISHING)
- 失われたものたちの本(創元推理文庫)
- スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか
-
『君たちはどう生きるか』の設計図とも言える絵コンテです。
さりげない宮崎駿監督の補足書きが、考察の重要なヒントとなります。
ポチップ - ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか
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イメージボードやアフレコ台本等、制作時の資料が多数掲載されています。
スタッフのインタビューも掲載されています。
ポチップ - 君たちはどう生きるか 映画 ガイドブック
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キャストのインタビューが豊富に掲載されている貴重な資料です。
※定価(税込1,320円)で購入するならジブリ美術館オンラインショップがおすすめです。
- スタジオジブリ物語(集英社新書)
-
鈴木敏夫プロデューサーがスタジオジブリ誕生から『君たちはどう生きるか』の制作までを振り返ります。
『君たちはどう生きるか』公開前に『君たちはどう生きるか』について触れられた貴重な1冊です。
- SWITCH 9 SEP.2023 VOL.41 NO9(SWITCH PUBLISHING)
-
鈴木敏夫プロデューサーやキャスト、スタッフが『君たちはどう生きるか』を語っています。
公開された情報が少ない『君たちはどう生きるか』にとって貴重なインタビューが掲載されています。
ポチップ - 失われたものたちの本(創元推理文庫)
-
『君たちはどう生きるか』の原作ともいえるファンタジー小説です。
ストーリーの骨子に共通点が多く、『君たちはどう生きるか』を読み取るうえでも参考になります。
なお、明確には「原作にはしていない」と語られており、クレジットはされていません。
ポチップ
なお、作品の画像はスタジオジブリ公式サイトから無償提供されている場面写真を使用しております。