当記事では宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』の原作とも言われるファンタジー小説、『失われたものたちの本』について解説します。
鈴木敏夫プロデューサーは「アイルランド人の児童文学が企画のきっかけになった」ことを語っています。
これこそがジョン・コナリーの『失われたものたちの本』なのです。
『失われたものたちの本』の内容について理解することで、『君たちはどう生きるか』をさらに楽しむことができるはずです。当記事が参考になれば嬉しいです。
以下の記事では、『君たちはどう生きるか』のストーリーを徹底解説しています。
なかなかボリュームの多い記事ですが、この記事で『君たちはどう生きるか』の理解が深まれば嬉しいです。
当記事はネタバレを含みます。
- スタジオジブリから徒歩圏内の小金井市在住のジブリオタク
- 好きな場所は三鷹の森ジブリ美術館
- 最も好きな作品は「風の谷のナウシカ」
原作小説『失われたものたちの本』とは
『失われたものたちの本』は宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』のきっかけとなった児童文学です。
鈴木敏夫プロデューサーは『スタジオジブリ物語』の中で以下のように明かしています。
宮さんが一冊の本をぼくに提示した。
「読んでみてください」
アイルランド人が書いた児童文学だった。
『スタジオジブリ物語』より引用
このアイルランド人の児童文学こそが『失われたものたちの本』なのですが、『君たちはどう生きるか』で原作として明記されていません。
宮崎駿監督の企画書の中で、「刺激は受けたが原作にはしない」とはっきり宣言されているのです。
この本には刺激を受けたけど原作にはしない。オリジナルで作る。そして、舞台は日本にする。
『スタジオジブリ物語』より引用
『失われたものたちの本』は原作ではなく、『君たちはどう生きるか』はオリジナルストーリーです。
とはいえ、そのストーリーの骨格には共通点が多く、やはり大いに刺激を受けた作品なのでしょう。
『失われたものたちの本』の基本情報
『失われたものたちの本』はアイルランド人の小説家・ジョン・コナリーによるファンタジー小説です。
作品名 | 失われたものたちの本(The Book of Lost Things) |
---|---|
著者 | ジョン・コナリー |
日本語訳 | 田内志文 |
出版年 | 2006年 (日本語訳は2015年) |
日本語版出版社 | 創元推理文庫 |
宮崎駿監督は「ぼくをしあわせにしてくれた本です。出会えて本当に良かったと思ってます。」との推薦文も寄せており、本の帯にも掲載されています。
『君たちはどう生きるか』にとって、重要な一冊というわけです。
『失われたものたちの本』のあらすじ
母親を亡くして孤独に苛まれ、本の囁きが聞こえるようになった12歳のデイヴィッドは、死んだはずの母の声に導かれて幻の王国に迷い込む。赤ずきんが産んだ人狼、醜い白雪姫、子どもをさらうねじくれ男……。そこにはおとぎ話の登場人物たちが蠢く、美しくも残酷な物語の世界だった。元の世界に戻るため、少年は『失われたものたちの本』を探す旅に出る。本にまつわる異世界冒険譚。
『失われたものたちの本』(創元推理文庫)より
母を亡くした少年が異世界に迷い込むというストーリーは、『君たちはどう生きるか』そのものです。
迷い込んだ異世界は童話のオマージュで溢れており、「童話の裏話」として楽しむこともできます。
- ルンプルシュティルツヒェン
- 赤ずきん
- ヘンゼルとグレーテル
- 白雪姫
- 三人の軍医さん
- がちょう番の女
- 眠れる森の美女
- 三びきのやぎのがらがらどん
- 3びきのくま
- 美女と野獣
- チャイルド・ローランド暗黒の塔にきた
グリム童話からの引用が多いですが、元ネタそのままの登場人物が登場するわけでもありません。
たとえば赤ずきんは、赤ずきんと狼が恋をして人狼を産んだという裏話が語られます。
白雪姫は醜い姿で7人の小人を奴隷のようにこきつかっていました。
童話をオマージュしたダークファンタジーです。残酷な描写も多く、子ども向けではありません。
『失われたものたちの本』と『君たちはどう生きるか』を比較
母を亡くした少年が異世界に迷い込むというストーリーは、『失われたものたちの本』と『君たちはどう生きるか』の大きな共通点です。
一方でその詳細や結末は全く異なっていますので、以下ではこの2作品の共通点と違いを解説します。
『君たちはどう生きるか』との共通点
2作品の主な共通点を列挙してみます。
- 母を失った少年が主人公
- 父は早々に再婚し、子どもを身ごもっている
- 主人公は新しい母のことをよく思っていない
- 舞台は戦時中で、主人公は新しい母の実家である大きな屋敷に住むことになる
- 屋敷では過去に行方不明になっている者がいる(映画は新母の大叔父、小説は新母の叔父と叔母)
- 死んだはずの母の声に誘われ、主人公は異世界へと迷い込む
- 異世界に迷い込んですぐに、味方となる人間にであう(映画はキリコ、小説は木こり)
- 異世界は行方不明者の大叔父(叔父)が統治している
- 異世界は「悪意」によって創られている
- 異世界では人間以上に動物が力を奮っている(映画はインコ、小説は狼)
- 主人公を異世界に導く謎の男が存在する(映画はアオサギ、小説はねじくれ男)
- 主人公は異世界の後を継ぐことを拒否する
物語の骨子は似ていることが分かるのではないでしょうか。
その他にも、ストーリーの描き方にも共通した部分があります。
- 異世界に迷い込むまでの主人公の心の葛藤がじっくり描かれる
- 異世界には他の作品のオマージュで溢れている(映画は宮崎駿監督の歴代作品、小説はグリム童話)
『君たちはどう生きるか』の異世界の正体には諸説あるものの、原作の設定を踏まえると「物語の世界」と考えることもできるのではないでしょうか。
異世界の正体については以下の記事で詳細に考察していますので、ぜひ合わせてご覧ください。
『君たちはどう生きるか』との違い
『君たちはどう生きるか』と『失われたものたちの本』にはいくつもの共通点がありますが、その細部は全くことなります。
宮崎駿監督が「原作にはしない」と明言したように、別の作品と考えた方が良いでしょう。
大きな違いは以下のとおりです。
君たちはどう生きるか | 失われたものたちの本 |
---|---|
舞台は日本 | 舞台はイギリス |
主人公に協力する火の魔法使い・ヒミが登場する | 主人公に協力する同性愛者の騎士・ローランドが登場する |
主人公を異世界に導いたアオサギは主人公と行動をともにする | 主人公を異世界に導いたねじくれ男は純粋な悪役で、異世界を創った黒幕である |
アオサギとは最後は友人になる | ねじくれ男を最後は倒す |
異世界は崩壊する | 主人公は最後は異世界に戻る |
正直、異世界にたどり着いてからのストーリーは違いを列挙するのが難しいほどに異なっています。
『失われたものたちの本』では、異世界では主人公のデイヴィッドが自分の家に帰る方法を模索します。
その道中で童話の登場人物に出会い、数々の試練を乗り越えていく物語です。
結末も『失われたものたちの本』は黒幕のねじくれ男(映画でのアオサギのような存在)を倒すことで平和を取り戻します。
アオサギと友だちになった『君たちはどう生きるか』とは真逆のオチですね。
『君たちはどう生きるか』と『失われたものたちの本』は全く別の物語なのです。
同名小説『君たちはどう生きるか』は原作ではない?
吉野源三郎の同名小説『君たちはどう生きるか』は、宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』にとって重要な意味を持ちます。
そのタイトルから当初は原作とも噂されていましたが、その内容は全く別物です。
主人公の眞人が劇中で吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を読んだことで、その態度に変化が現れはじめます。
原作ではありませんが、主人公の行動に影響を与えている重要な本なのです。
『君たちはどう生きるか』の記事執筆における参考書籍
まつぼくらぶでは『君たちはどう生きるか』の記事を執筆するにあたり、主に以下の書籍を参考にしています。
- スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか(徳間書店)
- ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか(徳間書店)
- 君たちはどう生きるか 映画 ガイドブック(東宝)
- スタジオジブリ物語(集英社新書)
- SWITCH Vol.41 No.9 特集 ジブリをめぐる冒険(SWITCH PUBLISHING)
- 失われたものたちの本(創元推理文庫)
- スタジオジブリ絵コンテ全集23 君たちはどう生きるか
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『君たちはどう生きるか』の設計図とも言える絵コンテです。
さりげない宮崎駿監督の補足書きが、考察の重要なヒントとなります。
ポチップ - ジ・アート・オブ 君たちはどう生きるか
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イメージボードやアフレコ台本等、制作時の資料が多数掲載されています。
スタッフのインタビューも掲載されています。
ポチップ - 君たちはどう生きるか 映画 ガイドブック
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キャストのインタビューが豊富に掲載されている貴重な資料です。
※定価(税込1,320円)で購入するならジブリ美術館オンラインショップがおすすめです。
- スタジオジブリ物語(集英社新書)
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鈴木敏夫プロデューサーがスタジオジブリ誕生から『君たちはどう生きるか』の制作までを振り返ります。
『君たちはどう生きるか』公開前に『君たちはどう生きるか』について触れられた貴重な1冊です。
- SWITCH 9 SEP.2023 VOL.41 NO9(SWITCH PUBLISHING)
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鈴木敏夫プロデューサーやキャスト、スタッフが『君たちはどう生きるか』を語っています。
公開された情報が少ない『君たちはどう生きるか』にとって貴重なインタビューが掲載されています。
ポチップ - 失われたものたちの本(創元推理文庫)
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『君たちはどう生きるか』の原作ともいえるファンタジー小説です。
ストーリーの骨子に共通点が多く、『君たちはどう生きるか』を読み取るうえでも参考になります。
なお、明確には「原作にはしていない」と語られており、クレジットはされていません。
ポチップ
なお、作品の画像はスタジオジブリ公式サイトから無償提供されている場面写真を使用しております。